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地震と海洋 〜地震・津波と海の生態系と人の暮らしの関係性を探る〜



地震という地質活動が、その振動や津波によってあらゆるものに影響を与えることはすでに広く認識されている。


先日の宮城・福島における地震でも、多くの被害が出、11年前の惨劇の記憶が呼び覚まされた。


しかし、地震がもたらす影響について私たちが知っていることのほとんどが陸上でのことであり、海洋への影響については最近までさほど研究が進んでいなかったことも事実だ。


この記事では、国内外の研究や調査を手がかりに、地震や津波が海洋生態系にもたらす影響を、沿岸地域の人々の暮らしにも関連させつつ探索する。


考古学が明らかにする沿岸部族のレジリエンス


人間の地震や津波との付き合いは、古くから続いてきた。


Hakai Magazineの2016年の記事によると、現在の米国ワシントン州ポートエンジェルスには、約2,800年前にツェ・ウィット・ゼン(Tse-whit-zen)という村ができ、そこの住民であるクララム族は、少なくとも3回の大地震を乗り越えたのだという。


古くから漁業を行っていたクララム族は、海に大きく依存していた。しかし、考古学的な発見を辿っていくと、この地域を襲った大地震による津波が、入手可能な魚資源を急激に減少させていたことが判明したのだ。


さらには、15世紀にワシントン州の海岸線を津波が襲ったとき、何年もの間サケが不足したが、その後ニシンの利用が増えたため、不足分を補うことができたことも発掘調査によりわかった。ニシンの産卵場所である沿岸のアマモ場(日本にも広く分布する海草の一種)は、他の沿岸生息地よりも津波被害からの回復が速いのだ。


地震がもたらす被害への対応力やレジリエンスは、生物によって異なる。歴史をみると、沿岸地域に暮らしを築いてきた人々が、いかにその時々に入手可能だった資源へと行動を変容することで、自らの生存を可能にしてきたのかがみえてくる。



寄生虫という生態系のバロメーター


このように、地震などの自然現象(あるいは森林伐採などの人為的行為)によって生態系の定常状態が一時的に崩れることを、生態学では「撹乱(かくらん)」と呼ぶ。


この撹乱の規模やその後の回復プロセスを示すものとして注目され始めているのが、「寄生虫」の存在だ。


2019年に発表された論文では、東日本大震災で被災した仙台湾の干潟における震災前後の生物分布を比較した結果、ある巻貝に寄生する寄生虫の数が著しく減少していることが指摘された。


トレマトード(trematode)という寄生虫は、多くの寄生虫と同様、食物連鎖(food web)を利用した複雑なライフサイクルを持つ。ホソウミニナ(巻貝)に寄生したものは、まず卵として出会い、巻貝がそれを食べる。寄生虫は成長し、巻貝から抜け出して、魚や甲殻類などの水生動物を探し出し、そこに潜り込んで寄生。水生動物が大型の動物に食べられると、寄生虫は成熟して卵を生み、それがまた水中環境の中に吐き出される。


このように、トレマトードは生物から生物へと乗り移り、あらゆる宿主と成長を共にする。つまり、宿主の多様性が高ければ高いほど、寄生虫にとってのライフサイクルの可能性も多様化される。これは言い換えると、寄生虫が生態系の活力や多様性のバロメーターであり、その分布を調査するだけで、生態系全体を調査することなく、あらゆる宿主の存在がわかるということでもある。


東日本大震災という大撹乱から8年たった時点で、いまだにトレマトードの群生が安定していなかったという研究結果は、地震や津波が海洋、特に干潟生態系に及ぼす長期的な影響の大きさを示唆しているのだろう。


干潟の生態系では、あらゆる生物と物質が人間社会と密接に絡まりあって共在している。インフォグラフィックは、一般社団法人Ecological Memesのあいだの探索・実践ラボ、Yusuke Watanabeさんより。


地震に対応して、採餌行動を変容するクジラ


同時に、クジラのような生態系の捕食者に注目する研究者もいる。


2020年に発表された論文では、2016年にニュージーランドで発生した地震が、マッコウクジラの捕食行動にまで影響を及ぼしていることが指摘された。


被災地であるカイコウラの海底地形は、海底谷(underwater canyon)になっていて、マッコウクジラは、その上部(浅い場所)に豊富に集まるイカや底生魚を求めて採餌にやってくる。


しかし今回の地震により、海底地すべりや濁流が海底地形に大きな変化をもたらしたため、クジラはより深い場所へと潜らざるをえなくなった。


その証拠に、研究者たちの調査によれば、地震後の約一年間、採餌のために潜水する間の水面での滞在時間が約25%も長くなっていることが判明した。これは、マッコウクジラがより長く、より深く潜るために、より多くの酸素を集め、筋肉を休めていたことを示唆しているという。


興味深いことに、地震の一年後にはクジラの浮上呼吸は元の間隔に戻ったようだ。おそらく堆積物が落ち着き、無脊椎動物の生態系が回復し始めたためと思われる。


こうした発見はつまり、地震が海洋生態系の食物連鎖全体に影響を及ぼしていただけでなく、捕食者であるクジラも、その環境変化に柔軟に適応していたことを指しているのだろう。



地震とメンタルヘルス


最後に、視点を人間の方に戻してみよう。


2020年に発表された論文では、東日本大震災の影響を受けた沿岸地域の人々のメンタルヘルスを雇用形態にひも付けて考察している。


この研究によると、沿岸部の住民、特に第一次産業に従事していた人々の多くが震災の影響で職を失った。そうした人々の多くが精神的苦痛を経験しているという。漁業従事者にとっての職場である海が、津波によって壊滅的な影響を受けたことも無関係ではないだろう。


さらに、不眠症など精神的被害を受けている人の多くが、女性や高齢者だという。


地震や津波は、生態系に撹乱を起こす。しかしその「生態系」は、人間の世界から切り離されたものではなく、そこを職場とする人々や彼らの精神世界とも連関している。


さらに、全員が同等の苦しみや痛みを被るのではなく、被害は構造的な不平等やそれが生み出す脆弱性とも多重に交錯して、波紋を広げる。


そうした波紋の広がりを、「人間と自然」「陸と海」などと分離することなく、つながり合ったプロセスとして捉えることが問われているのかもしれない。



海底地形、食物連鎖、人々の生業(なりわい)、メンタルヘルス。


人間と海洋の関係性にはあらゆる要素が交錯していて、複合的に理解することが求められる。


今回は「地震と津波の影響」という形で切り取ってみたが、次回も別のテーマを通じて人間と海洋について広い視野で探索してみようと思う。



主な参考文献


Daley, Patrick. 2016. "Earthquakes' Ecological Aftershock." Hakai Magazine, October 6, 2016.


Miura, Osamu, Gen Kanaya, Shizuko Nakai, Hajime Itoh, and Satoshi Chiba. 2019. “Prevalence and Species Richness of Trematode Parasites Only Partially Recovers after the 2011 Tohoku, Japan, Earthquake Tsunami.” International Journal for Parasitology 49 (13–14): 1023–28.


Guerra, M., S. Dawson, A. Sabadel, E. Slooten, T. Somerford, R. Williams, L. Wing, and W. Rayment. 2020a. “Changes in Habitat Use by a Deep-Diving Predator in Response to a Coastal Earthquake.” Deep-Sea Research. Part I, Oceanographic Research Papers 158 (103226): 103226.


Katayanagi, Mitsuaki, Moe Seto, Naoki Nakaya, Tomohiro Nakamura, Naho Tsuchiya, Akira Narita, Mana Kogure, et al. 2020. “Impact of the Great East Japan Earthquake on the Employment Status and Mental Health Conditions of Affected Coastal Communities.” International Journal of Environmental Research and Public Health 17 (21): 8130.



SOA Japan 編集部

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